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カメムシ(椿象、亀虫)は、カメムシ目(半翅目)・カメムシ亜目(異翅亜目)に属する昆虫のうち、カメムシ科など陸生昆虫の総称である。標準和名を「カメムシ」とする昆虫は存在しない。悪臭を放つことで知られる。そこから「クサムシ」や「屁こき虫」という俗称があり、ヘッピリやクサンボ、ジャコという地方名も知られる。英名の“stink bug”(臭い虫)もその習性に由来する。
カメムシの名で呼ばれる昆虫にはいくつもの科がある。カメムシ科にはナガメ、アオクサカメムシなどが含まれている。
頭は先端が尖った三角形、前胸は左右に張り、翅に覆われた胴体は後ろすぼみになっているので、全体はおおよそ五角形の底を引き伸ばしたような形になる。
頭部は三角で、細長い触角がある。複眼は頭部の基部の左右に突き出ている。前胸は左右に張りだし、肩のように角をもつものが多い。そこから後方の胴体は翅に覆われる。前翅は基部側の半ばまでは固く厚くなり、先だけが膜状になる。この膜状の部分だけを左右を重ねるように、胴体の背面に折り重ねて畳む。左右の翅の基部の間は、背中が三角に見えており、この部分は厚くなって、小楯板(しょうじゅんばん)と呼ばれる。後翅は、前翅の下に折り込まれる。
口器はストローのような形で、頭の下側に折り込まれている。脚は三対、これといった特徴のない歩脚型のものが多い。ヘリカメ類には、後脚が太くて刺があったりといった発達が雄に見られる場合がある。
カメムシの卵は円筒形で、上端が丸い蓋になり、片端に蝶番があるものが多い。孵化の時は、この蓋を押し開けるようにして、幼虫が出てくる。幼虫は成虫とほぼ同じ形だが、模様が異なる。蛹を経過せずに羽化する、いわゆる不完全変態である。
カメムシは、胸部第三節である後胸の、腹面にある臭腺から悪臭を伴う分泌液を飛散させる。この液にはアルデヒド・エステル・酢酸・炭化水素が含まれ、臭いの主成分はヘキサナール[1]やトランス-2-ヘキセナール[1][2]である。敵の攻撃など、外部からの刺激を受けると分泌され、捕食者に対しての防御であると考えられている。
群れでいるカメムシの場合、1匹が臭いを発すると、たちまちのうちに周辺一帯のカメムシが逃げ出す現象が見られる。高濃度のカメムシの臭いは、仲間に対しては警報の役割を果たしている。一方で、群れを作るカメムシの場合は、低濃度の臭いを集合フェロモンとして利用することが知られている[1]。
カメムシの分泌液は、彼ら自身にとっても化学的に有害である。このため、カメムシの体表は、飛散させた液が自分の体にしみこまないように厚いセメント層で保護されている[1]。また、瓶の中にカメムシを入れ、つついて臭いを出させたあと、蓋を閉めておくと、死んでしまうことがある(テレビ番組『トリビアの泉』でも紹介されている)。しかしこの実験では人為的に狭い空間に密閉したために死亡に至ったもので、自然状態で死亡することはない。
カメムシの分泌液は求愛にも利用される[3]。
カメムシ学者の中には、臭いでカメムシの種類をかぎ分ける者もいる。
オオクモヘリカメムシは、青りんごのようなにおいを放つ。
カメムシ類は植食性のものが多く、葉や茎、果実などに口を差し込み、植物の細胞の中にある原形質などの液を吸収する[3]。草や木の上に暮らすものが多いが、地中で根につくものや、地表に生息し、落下した種子などから吸汁するものもある。
朽ち木に生息するものでは、菌類を餌にするものもあると見られるが、詳しいことはよく分かっていない。
他の昆虫などを餌にする肉食性のものもある[3]。サシガメはさまざまな昆虫を餌にし、一部には大型動物から吸血するものがある。クチブトカメムシ類は主としてイモムシなどのガ類の幼虫を標的にする。
クチブトカメムシ類は肉食と同時に植物からも吸汁するが、同様に肉食と草食の両刀使いの性質を示すものは多く、草食を主に肉食を交えるものとしてスコットカメムシやウシカメムシが知られている。またカスミカメムシ科には純肉食や肉食主体で草食を交えるものから草食主体で肉食を交えるものまで様々なバリエーションがある。
多くのカメムシは餌の近傍に卵を産み、そのまま放置するが、ツノカメ類など、一部に雌が産卵後も卵を守る行動をするものが知られている。また、一つの卵塊から孵化した幼虫が、ある程度成長するまで集団で生活するものも見られる。他に、ヘリカメムシ類では、多数の雌の集団を一頭の雄が守る、ハーレムを作るものが知られている。そのような種では、雄の後脚が太く発達し、他の雄が近づくと、その脚で蹴るようにして撃退しようとする。
クサギカメムシなどでは、集団で越冬するものが知られている。時に人家が越冬場所に選ばれると、たいてい住人は悪臭に悩まされることになる。漬物桶に一匹飛び込むと、もう使いものにならなくなるといわれている。
植食性の種には、栽培植物につくものがあり、農業上の重要な害虫が多い。イネの害虫として知られているのはアオクサカメ、クロカメムシ、ミナミアオカメムシ、コバネヒョウタンナガカメなどがあり、葉や茎から汁を吸うほか、若い籾から汁を吸われると、米粒が茶色になる。ミカンなどの果樹にはクサギカメ、チャバネアオカメやツヤアオカメ、野菜にはナガメやホソヘリカメ、ホオヅキヘリカメなどがつく。
下北半島では、秋にカメムシが大量発生すると、冬は大雪になると言い伝えられている。
肉食の種には害虫を食うものもあり、益虫とされるものもある。ハナカメムシ類は、せいぜい2mm程度の小型のカメムシで、アブラムシやアザミウマなどを捕食するので、害虫防除に天敵として利用されている。
サシガメ類は肉食なので、益虫として扱われることもあるが、人間が不用意に触ると刺すことがあり、刺されると大変な痛みを伴う。ハチよりひどいくらいである。多くは野外の草の間や地面にいるので、出会う機会は少ないが、一部は室内に昆虫を漁りにくるものがあり、その機会に刺される場合がある。吸血性の種は衛生害虫であり、シャーガス病などの病気を媒介することもある。
悪臭を放つのは触らなければよいが、夜間に明かりに向かって飛んでくるので、否応なしに出くわしてしまうこともある。また、集団越冬のために人家に入ることのある種があり、トラブルの元となる。1990年頃から、南日本でアオカメ類を中心とする大発生が数度にわたってあり、農業被害とともに、人家に大量に飛び込むことがあった。
臭いを発するなじみ深い虫なので、各地でいろいろな方言で呼ばれてきた。例としてワクサ・ワックサ(群馬県・埼玉県北部)、ヘコキムシ・ヘッピリムシ(多くの地方)、クセンコ(クセンコムシとも・青森県)、アネコムシ・ヘメコムシ・ヒメコムシ・ドンベムシ(秋田県南部山間部など)、ヘタガニ又はヘチガネ・ジョロピン、(新潟県の一部)、ヘクサクンまたはトモコチャン(長野県南部)、ヘクサンボ(富山県の一部、山形県の一部)、ヘクサムシまたはヘクソムシ(山形県〜福島県)、ガメ・ノブコムシ(岐阜県の一部)、マナゴ(和歌山県)、ジョンソン・ジョロムシ・オヒメサマ(兵庫県日本海側の一部)、ヒメムシ・ヨメサンムシ(京都府丹後地方)、ガイザ・ガイダ・カイダ(ムシ)(兵庫県〜岡山県の山間部)、ホウムシ(島根県西部)、ハットウジまたはハトウジ(岡山県〜広島県の山間部)、ホウジ(山口県)、ジャクジ・ジャクゼン・ブイブイ(愛媛県)、フウ(九州地方)などがある。特に今日九州で用いられている「フウ」あるいは「フウムシ」は、カメムシを指す古語のひとつの系譜を引いているとも言われており、ホオズキの語源ともされている。
コウチュウ目のような整った形をもつカメムシ類は、昆虫採集家にも人気がなくはない。東南アジア産のジンメンカメムシはその模様の面白さから、ペンダントなどに加工され、土産物として売られている。
南アフリカ共和国やジンバブエ、ラオス、メキシコなどでは、ある種のカメムシが食用にされている[4]。アフリカでは、まず熱湯をかけたり内臓を除去したりして臭いをなくしておき、よく茹でてから天日で干物にする。ラオスでは採集したカメムシをそのまま、あるいは加熱して調理に使う。油っこい味と特有のにおいがある。種によっては食後に口中に清涼感が広がる。
ニュージーランドでは、日本などから外来種のカメムシが流入していることが確認されており、農業への影響が懸念されている。2018年2月、ニュージーランドに寄航しようとした日本発のRORO船から大量のクサギカメムシが発見されたため、当局から3隻が入港拒否される事例が発生した[5]。
代表的な科と、若干の種について記す。