カバ(Hippopotamus amphibius)は、偶蹄目(鯨偶蹄目とする説もあり)カバ科カバ属に分類される偶蹄類。
サハラ砂漠以南のアフリカ大陸[3]。アルジェリア、エジプト、モーリタニアでは絶滅[3]。
属名 Hippopotamus は、「カバ」を意味するラテン語: hippopotamus (ヒッポポタムス)をそのまま用いたもので、大プリニウス『博物誌』等にも言及のある古い言葉である。 さらに遡れば古代ギリシア語: ἱπποπόταμος (ヒッポポターモス; < ἵππος 「馬」 + ποταμός 「川」)であり、当時はナイル川下流でも見られたカバに対してギリシア人が命名したものであった。なお、オランダ語では、nijlpaard(< Nijl 「ナイル川」 + paard 「馬」)という。
日本語の「河馬」は近代になってこれを直接訳したか、もしくは、ドイツ語で「カバ」を意味する Flusspferd (< Fluss 「川」 + Pferd 「馬」)を訳したもの。
丸みを帯び、脚の短いずんぐりとした体つきがブタと相似をなすことから、同じ猪豚亜目 (Suiformes) に属するとされていた。1994年以降、ミトコンドリアDNA法などにより、クジラ類とカバ類(カバ科)が姉妹群である可能性を示唆されていた。岡田典弘は、レトロポゾンの配列を用いたDNA分析の結果において、カバはイノシシ類よりもウシと近縁であり、クジラとの遺伝的関係が最も近い陸上動物であるとした[7]。
体長3.5 - 4メートル[6]。体重はオス1600 - 3200キログラム、メス1400キログラム[5]。陸上動物としてはゾウに次ぐ重さとされる。分厚い脂肪と真皮・上皮で覆われるが、表皮は非常に薄い[6][5]。このため毛細管現象により水分は外側へ放出してしまう[5]。皮膚は乾燥すると裂けてしまい、水分消失量は5平方センチメートルあたり10分で12ミリグラムともされ、これは人間の約3 - 5倍の水分消失量にあたる[5]。
頭部は大型[6]。顔の側面に鼻・眼・耳介が一直線に並んで位置する[6]。これにより水中から周囲の様子をうかがいながら呼吸することができる[6]。鼻孔は内側の筋肉が発達して自由に開閉することができ、水中での浸水を防ぐことができる[6]。顎の筋肉が非常に発達しており、関節の構造と相まって、口を150度まで開くことができる。この巨大な口には、長く先のとがった門歯と犬歯が生えている。下顎の犬歯は50センチメートルに達することもあり、下顎2本の重量はオス2.1キログラム、メス1.1キログラムに達することもある[5]。下顎の犬歯は自らの口腔を貫く場合さえある。闘争時にはこの犬歯が強力な武器となる。第3・4指の間が膜で繋がり水かき状になる[6]。尾は、尾骨の骨盤に接する部分が長いため、外部から見える部分は短い。
カバの頭蓋骨
10 - 20頭のメスと幼獣からなる群れを形成して生活するが、乾季には100 - 150頭の群れを形成することもある[6]。オスは単独で生活するか、優位のオスは群れの周囲に縄張りを形成する[5][6]。口を大きく開ける・糞をまき散らす・後肢で蹴りあげる・鼻から水を出す・唸り声をあげるなどして威嚇し縄張りを主張するが、オス同士で犬歯で噛みつくなど激しく争うこともあり命を落とすこともある[5][6]。縄張りは頭や体を低くする服従姿勢をとれば他のオスも侵入することはできるが[6]、他のオスが縄張り内で交尾することは許容しない[5]。8年以上同じ縄張りを防衛することもあり[5]、このうちの1頭が12年縄張りを防衛した例もある[6]。
昼間は水中で生活し、夜間は陸上に上がり採食を行う[5][6]。陸上での行動範囲は水場から3キロメートルだが、水場と採食場の途中に泥浴びを行える場所があればさらに拡大し、水場から最大で10キロメートル離れた場所で採食を行うこともある[5][6]。比重が水よりわずかに大きく体が水に沈むため水底を歩くことができ、また呼吸の際に肺を大きく膨らませることで浮かぶこともできる。水中では泳がずに、後肢を後方へ伸ばし前肢だけで水底を移動する[6]。素早く水中を移動するときは後肢を用いることもある[6]。潜水時間は1分で、最長で5分[6]。陸上では時速30km以上で走る能力を持つが、持久力に乏しく、長距離走は苦手。
食性は植物食で、草本・根・木の葉などを食べる[6]。1日あたり40キログラムの食物を食べる[5][6]。体重と食事量の比率は他の植物食の動物よりも低い(体重の1 - 1.5 %、有蹄類では約2.5%。飼育下では4トンのゾウは1日あたり約200キログラムを食べるが2トンの本種は約50キログラム)。これは昼間に温度変化の少ない水中でほとんど動かずにエネルギー消費を抑えているためと考えられている[5][6]。 しかし、死亡したカバの個体も含めて死んだ動物の肉を食べる事例が以前から報告されているほか、1997年7月には、インパラを捕らえて食べるカバの群れの様子が撮影され、ナショナルジオグラフィックチャンネルでも放映されたため、世界的な反響を呼んだ。また、死んだシマウマを食べていたという記録もある。 ただし、他の草食動物でも、キリンがハトを食べた事例、トナカイがレミングを捕食した事例、牛がヒヨコを食べた事例があり、また、草食動物が肉を食べる習慣があることも広く知られている。カバの食性の中心はあくまで草であり、ほとんど肉に依存していないため、分類上は草食動物である。[要出典]
発情期間は2 - 3日[6]。飼育下では交尾時間は12 - 17分の例がある[6]。妊娠期間は210 - 240日[6]。主に水中で1回に1頭の幼獣を産む[6]。オスは生後5歳、メスは生後4歳程度で性成熟する[6]。平均寿命は約30年[6]。繁殖力が高い反面、同じ一族の子孫による近親交配も多い。
皮膚表面を保護する皮脂腺・体温調節のための汗腺を持たないが、「血の汗」などと呼ばれるピンク色の粘液を分泌する腺がある[5][6]。この粘液はアルカリ性で乾燥すると皮膚表面を保護し、赤い色素により紫外線が通過しにくくなる[5][6]。主成分も分離されており、ヒポスドール酸 (hipposudoric acid)、ノルヒポスドール酸 (norhipposudoric acid) と命名されている[8][9]。 この粘液に細菌の増殖を防ぐ働きもあり、傷を負って泥中に入っても化膿するのを防ぐことができる[5][6]。
そのユーモラスな外見から、カバは“穏和で動きの鈍い草食動物”といった印象を持たれることが多い。しかし、野生のカバは獰猛であり、自分の縄張りに侵入したものは、ワニやライオン、ヒト等だけでなく、他の縄張りから来たカバを攻撃することがある。雄同士の縄張り争いにおいては命を落としたり瀕死の重傷を負う個体も少なくない。また、新たに縄張りを乗っ取った雄は、ライオンと同じように先代のボスの子供を殺す「子殺し」を行うことが確認されている。
出産前もしくは子を守ろうとする雌は、雄以上に気性が荒くなる。子供のカバは捕食対象として狙われることも多いためである。縄張りに侵入したワニに襲いかかり、噛み付いて真っ二つにしたという報告例もある。その一方で、口を開けたままのカバの牙に小鳥が止まって、小鳥が飛び去るまでそのままでいたという例や、ワニが渡河中のヌーやインパラを捕食しようとしているところに、割って入り、ワニの捕食を妨害したという例もある。
ウガンダのエドワード湖・ジョージ湖では個体密度(クイーンエリザベス国立公園で1平方キロメートルあたり31頭に達することもあった)が高く、採食活動により湖岸の森林が消失し土壌が侵食された[5]。そのためアフリカ大陸では初めて野生動物の人為的管理計画として1962 - 1966年に生態的調査を行いつつ間引きが実施された[5]。これにより沿岸の植生が回復し他の動物の生息数も増加したが、間引きが停止すると状況は戻ってしまった[5]。ウガンダのクーデターによりこの試みは棚上げとなり密輸が横行するようになったが、本種の生態的知見はこうした計画による調査から得られたものも多い[5]。
農地開発による生息地の破壊や、食用や牙用の乱獲などにより生息数は減少している[3]。地域差もあり東アフリカでは生息数が多いと考えられている[3]。一方で2003年にコンゴ民主共和国では8年間で生息数が約95 %激減したという報告もある[3]。密猟・密輸されることもあり、1989 - 1990年には15,000キログラム、1991 - 1992年には27,000キログラムの牙が密輸されたと推定されている[3]。1995年にワシントン条約附属書IIに掲載されている[2]。
アフリカでは、野生動物からの攻撃による人間の死者数は、カバによるものが最も多いと言われている。これは川辺のカバの縄張りに誤って侵入したことが原因とされる[10]。アフリカでは1年あたり約500人がカバに襲われて死亡している[11]。
かつて、移動動物園をしたカバヤ食品の「デカ」はいしかわ動物園で飼育された[12]。東山動物園のカバの番(つがい)「重吉」(2代目)と「福子」(初代)は、19頭の仔をもうけ最多産記録である[13]。技術の向上から、1997年に大阪市天王寺動物園では日本で初めてガラス越しに水中を歩くカバを観察できるカバ舎を製作した[14]。この展示スタイルは富士サファリパークの「ワンダー・オブ・ピッポ」なども追随している。また、神戸市立王子動物園はスロープの傾斜を緩くしたバリアフリーを配慮したカバ舎を2003年に造っている。
日本ではかば科(カバ科)単位で特定動物に指定されている[15]。
ワシントン条約で国際取引が禁止されている象牙の代替品として、カバの牙が印鑑や工芸品の高級素材として使われることがある。