ヤドカリ(宿借、寄居虫)は、十脚目ヤドカリ上科 Paguroidea の中で、主として巻貝の貝殻に体を収め、貝殻を背負って生活する甲殻類を指す名称である。古語では「かみな」(転じて、かむな、かうな、がうな、ごうな、など)と呼ばれていた。エビやカニと同じ十脚目だが、貝殻等に体を収めるために体型が変形している。
体は頭胸部と腹部に分かれる。胸脚の第一対は太く発達した鋏脚だが、多くの場合左右不対称で、大きい方の鋏は、体を殻に引っ込めた時に入り口に蓋をするのに使われる。歩脚として使われるのは第2・第3対の2対であり、残りの第4・第5胸脚は短くなって貝殻を保持するために使われる。腹部は長く柔らかい袋状で、巻き貝の殻に合わせて螺旋状となる。腹部の関節は不明瞭で、付属肢は左側だけが残り、右側は退化している。尾脚は鉤状で、貝殻内部に体を止める役割を担うが、種類によっては欠くものもいる。
但し同じヤドカリ上科でも、ツノガイヤドカリ科 Pylochelidae (Pomatochelidae)は腹部に関節があり後方にまっすぐ伸びてエビ類に似る。この形態はヤドカリ上科共通のグラウコトエ幼生 Glaucothoe に似ており、ツノガイヤドカリ科はヤドカリ上科の中でも原始的な部類とされている。
多くが潮間帯から水深数百mの深海底までに生息し、種類によって汽水域、波打ち際、岩礁、サンゴ礁、砂泥底等の環境に棲み分ける。亜熱帯から熱帯では、海岸付近の陸上で生活するオカヤドカリ類 Coenobita もいる。日本の海岸ではホンヤドカリ Pagurus filholi、ユビナガホンヤドカリ P. minutus、ケアシホンヤドカリ P. lanuginosus、イソヨコバサミ Clibanarius virescens、ケブカヒメヨコバサミ Paguristes ortmanni 等がよく見られる。
普段は貝殻から頭胸部だけを出して歩き回るが、危険を感じると、素早く殻の中に引っ込み、発達した鋏脚で殻の口に蓋をする。食性は雑食性で、藻類、生物遺骸、デトリタス等を食べる。天敵はタコや肉食魚の他、カラッパやイボイワオウギガニ等の大型のカニ類に捕食されることもある。人間も食用や釣り餌に利用するため天敵となる。
卵は小さく、孵化した子はゾエア Zoea、グラウコトエという幼生期を経て小さなヤドカリの姿に変態し、海底生活に入る。陸上生活をするオカヤドカリ類も、幼生時は海で成長する[1][2][3][4][5][6]。
ヤドカリ類の腹部は柔らかく防御に適さないが、これは常に巻き貝の殻の中で守られているためである。巻き貝の殻は、殻の主が死んで空になった物の中から大きさの合うものを選んで利用する。また、ヤドカリが成長した時には新しい殻に引越しをしなければならない場合もある。殻の大きさは、その入り口に鋏を当てて大きさを測るという。
ヤドカリ類は一般に巻貝の殻を使うが、特殊なものとしては、ツノガイの殻を使うツノガイヤドカリ Pomatocheles jeffreysii、死サンゴ等の穴に入るヤッコヤドカリ Cancellus mayoae、二枚貝の殻を背負うカイガラカツギ Porcellanopagurus japonicus 等がある。カンザシヤドカリ Paguritta vittataは生きたサンゴの穴で生活する。その他、放置されたペットボトルの蓋を使う例もある。
なお、カンザシヤドカリは頭胸部を巣穴から出し、羽毛状に毛が生えた第2触角(長く目立つ触角)を振り回し、そこに付着したプランクトンやデトリタスを口で拭い取って食べる。こうした第2触角を用いた微粒子の濾過摂食は殻を持ち運べる自由生活のヤドカリにもよく見られ、例えば日本の干潟でも見られるテナガツノヤドカリ Diogenes nitidimanus も羽毛状の触角を上下に振る行動を行う[2][3][5]。
海岸での観察においては、目につく場所で動いている貝はほとんどがヤドカリ入りである。これは生きている貝が物陰に隠れている事が多いからでもあるが、ヤドカリが常に「住宅難」に晒されているためでもある。一般に生物の個体数は、限定要因と呼ばれる、その生物が必要とする諸条件のうち最も限られた資源の量によって決まると言われる。ヤドカリにとって限定要因になっているのが食物などではなく、巣として使える殻であると考えられる証拠がいくつか知られている。そのために殻の奪い合いが起きることは珍しくなく、他個体が入った殻からその主を追い出し奪い取る行動も見られる。また、ヤドカリの生息する干潟の一定区画に微小な巻貝の死殻を大量にばら撒くと、ゾエアから変態したばかりの稚ヤドカリの生残率が著しく上昇してヤドカリの個体群密度が高くなることも知られている。
後述するように、他動物との共生によって、殻を変えなくてすむようになっている種もある。
水族館などではヤドカリの全体を観察できるようガラス製の巻き貝の貝殻を用意して展示されることもある[7]。
オカヤドカリの一種。イシダタミの殻に入っている
ヤドカリのうち多くの種が、刺胞動物のうちのイソギンチャク類と共生する。日本でよく見られるのは大型の浅海生種ソメンヤドカリ Dardanus pedunculatus、ケスジヤドカリ D. arrosor が背負った殻の上にベニヒモイソギンチャク Calliactis polypus、ヤドカリイソギンチャク C. japonica が共生する例である。他にもトゲツノヤドカリ Diogenes edwardsii の大鋏にヤドカリコテイソギンチャク Verrillactis paguri が付着するなど、いくつかの共生関係が知られる[1][2]。
これらのイソギンチャクの中には、自らヤドカリの殻に住み着く傾向を持つものもあり、また、ヤドカリの種によっては、イソギンチャクを見つけると自分の殻の上にそれを移し替える行動を持つものがある。その場合、イソギンチャクの基部をヤドカリが鋏で刺激するとイソギンチャクは素直に基盤を離れる。
この関係では、イソギンチャクは移動することができるようになること、付着する基盤がない砂泥底の部分にも進出できるなどの利点がある。ヤドカリの側では、イソギンチャクの刺胞によって、タコ等の天敵の攻撃を避けることができる。つまり、互いに利益がある相利共生の関係である[2][3][4]。
さらに関係が進んだ例として、深海生のユメオキヤドカリ Paragiopagurus diogenes、イイジマオキヤドカリ Sympagurus dofleini等では共生したイソギンチャクが分泌物でクチクラ質の「殻」を作り、その中にヤドカリが入る。ヤドカリの成長にあわせて殻も大きくなるので、ヤドカリは引っ越しをする必要がない[2]。また、ヤドカリがイソギンチャクに餌をやることも観察されている。
イソギンチャク以外では、スナギンチャク類のヤドカリスナギンチャクやヤツマタスナギンチャクがやはりヤドカリの殻を覆って成長する。また、ヒドロ虫類のイガグリガイウミヒドラ Hydrissa sodalis は、イガグリホンヤドカリ Pagurus constans の住む貝殻に育ち、次第に成長すると、殻が大きくなるように成長する。表面からたくさんの棘を伸ばすことからこの名がある[2][4]。
ヤドカリ上科は6科に分けられる。過去にはタラバガニ科 Lithodidae をヤドカリ上科に含む見解もあったが、De Grave らによる新分類(2009年)ではタラバガニ科はタラバガニ上科 Lithodoidea という別上科へ移されている[1][2][8]。