節足動物(せっそくどうぶつ)とは、動物界最大の分類群で、昆虫類、甲殻類、クモ類、ムカデ類など、外骨格と関節を持つグループである。種多様性は非常に高く、陸・海・空・土中・寄生などあらゆる場所に進出して様々な生態系と深く関わり、現生種は約110万種と名前を持つ全動物種の85%以上を占める[2] 。なお、いわゆる「虫」の範疇に入る動物は当動物門のものが多い [3]。
節足動物の多様性は高く、分類によって様々な外見を持つ。体の表面はクチクラ(キチン質とタンパク質等)でできた外骨格でおおわれる。成長に伴い体のサイズが大きくなるときには、脱皮により古い外骨格は脱ぎ捨てられ、新しい外骨格が形成される。体は体節の繰り返し構造、つまり体節制をとり、体の表面を被う外骨格も体節単位になっている。各体節からは、それぞれ一対の関節肢と呼ばれる付属肢が出ている。
関節肢も体と同様に外骨格で覆われ、途中に関節がある。関節肢は分類によって歩脚・遊泳脚・鋏・鎌・顎・触角・鰓など様々な功能に応じて色んな形に特化する。 関節肢は内肢と外肢をもつ二叉型が基本形であるが、現生節足動物の中にこの性質を明瞭に保留するのは甲殻類だけで、ほとんどの分類群は内肢しか見られない単枝型である。また、絶滅した三葉虫とマーレラなど、カンブリア紀の殆どの節足動物の歩脚は二叉型である。
体節の間は関節状に可動であることが多い。ただし、複数体節の融合や分化など、いわゆる異規体節制がある程度以上発達し、例えば頭部や頭胸部はそれぞれの群で独特の複数体節が融合(合体節)してできたものであり、顎や触角などは頭部に含まれる体節の付属肢に由来する。こうして種類によって体節のうちの特定のものが組み合わされてひとつづきの外骨格で覆われる場合が多く見られ、外観上あるいは機能上の単位を構成する。例えば、体を頭部、胸部、腹部の3部、または頭胸部、腹部の2部に分けて呼ぶ場合があり、これは節足動物の各分類群ごとの特徴として用いられる。
多くの左右相称動物と同様、節足動物は体腔を持ち、消化管は体の前後に貫通し、いわゆる口と肛門という2つ開け口を持つ。体節に貫通する紐状の心臓と中枢神経はそれぞれ体の背面と腹面に付く。
循環系は開放血管系であり、細胞外液、リンパ液や血液という区別は存在せず、リンパ液と血液の役割を兼ねている血リンパが心臓と組織の間隙(血体腔)に流れる。心臓の伸縮や体の運動によって血リンパは心臓の動脈から体の静脈と呼吸器などの器官を通り、心門を通じて再び心臓に戻る。リンパ液の中に免疫系に関わる血球がある。
神経系として、1対の神経索が体の前後に走り、体節に合わせて分節し、左右の連絡でつながるはしご形神経系がある。頭部ないし頭胸部に備える脳は前大脳・中大脳・後大脳という3つの神経節からなる。この脳は体節と共に数対の神経節から融合した結果であり、そこから食道を囲んだ食道神経環は体の神経節に繋がる。クモ綱や昆虫の様に、各部位の体節の融合が強く、神経が集中してはしご形が不明瞭な場合もある。
節足動物は様々の方法を通じて周りの環境を感知する。体表は常に剛毛(感覚毛)をもち、種によっては触覚・振動・音・水流や気流・温度・匂いや味・化学物質など視力以外の感覚を持つ。 鋏角類以外の節足動物は頭部に触角という関節肢をもち、ほとんどの場合は重要な感覚器官である。触角のない鋏角類の中でも、ウデムシやサソリモドキの様に一部の歩脚が特化して感覚器官として使うことがある。
他にも昆虫の口器にある顎肢は嗅覚や味覚に関わり、サソリの櫛状板・ヒヨケムシのラケット器官・一部の昆虫と甲殻類の後端にある尾毛も感覚器官であり、コオロギやキリギリスの前足・バッタの胸部と腹部の間に両側・カマキリの後胸部腹面には聴覚に関わる特殊な器官を持つ。
節足動物は、単眼(ocelli)と複眼(compound eye)という2つの種類の眼を持ことが基本形と思われる。分類によって両方を備え、片方しか持たず、複眼の単眼化、稀に視力が失なわれた種類もある。また、単眼の中に元々単眼だったものは背単眼、複眼から退化したものは側単眼と呼ばれる。
複眼は図形認識能力を備え、多数の個眼という構成単位からモザイク画の様な視覚を産生する。単眼は主に明暗を感知する能力を持つが、一部のクモの単眼は図形認識能力を持ち、中でもハエトリグモの視力は非常に発達し、内部の網膜は自由に動かすことができる。
六足類と甲殻類は基本的に単眼と複眼を両方備える。多足類は背単眼を持たず、中にゲジは複眼、他のものは複眼由来の側単眼を持つ。鋏角類の中でカブトガニ綱は単眼と複眼を両方備え、クモ綱は複眼を持たず、背単眼と側単眼(中眼と側眼)を混在し、或いは片方のみを持つ。また、カンブリア紀の古生物から始め、三葉虫類や節足動物と思われるアノマロカリス類も発達した複眼を持つ。
関節は柔らかい膜で繋がり、2つの関節の外骨格内側に付着する筋肉で運動する。胴体の関節は様々な方向で湾曲できることが多いが、関節肢の関節はほとんど1対の蝶番に固定されて一つの平面上でしか動かない。そのため節足動物の関節肢、特に基部は多数の節に分かれて様々な動きに対応する。また、外骨格は体の内側へ延長し、いわゆる内突起(apodeme)で筋肉に付着面を提供することも多い。例えばカニの鋏の中では可動指の関節に繋がり、大量の筋肉が付着する板状の内突起が見られる。
また、体中のリンパ液の水圧を変えて関節肢を動かすこともある。この様な特徴はクモ綱に多く見られ、原始的な運動方法と思われる。
節足動物は様々な生息環境に進出し、それに応じて多様な呼吸様式を持つ。主なパターンとして陸生のものは気管や書肺、水生のものは鰓。稀に呼吸器官を持たず、体表でガス交換を行う種類もある。
求愛行動・交尾或いは交接・メイトガード・護卵など、節足動物は分類によって様々な繁殖行動を持つ。原則として有性生殖を行う卵生動物であるが、サソリやアブラムシなどから単為生殖・卵胎生の例も知られる。
成長に伴い古い外骨格の下で新しい外骨格を形成し、脱皮を通じて古い外骨格から抜け出して成長する。新しい外骨格は柔らかく、固くなるのも時間が掛かり、脱皮直後の節足動物は無防備である。そのため節足動物の脱皮は常に隠れ場所で行うことが多い。中でも古い外骨格を摂食して栄養を回収する種類や、一部のクモは脱皮直後のメスを狙って交接することが知られる。
節足動物の幼生は基本的に成体と似たような外見を持つだが、甲殻類のノープリウス幼生や昆虫の幼虫など、成長の過程で著しく形態が変化する変態を行う分類群も少なくない。昆虫の成虫になる脱皮は羽化と呼ばれる。多足類は成体になるまで脱皮に伴って体節と脚の対数を増やす。
ハエトリグモの求愛ダンス
幼生を背負するサソリの雌
羽化直後のアブラゼミ成虫
ヨーロッパミヤマクワガタの生活環
鰓曳動物門など
節足動物門
節足動物がどのような祖先から生まれて来たかについては、長く議論されていた。 以前は、前口動物であること、体節制を持つことなどの共通点から、環形動物に近縁であると考えられ、体節動物(Articulata)としてまとめられた。しかしその後では、環形動物はトロコフォア幼生を共有する軟体動物と類縁があると考えられており(冠輪動物)、体節制という共通点は単なる原始的な共通先祖性質、または収斂進化の結果と思われる。
側節足動物(Parathropoda)という便宜的なまとめをされたこともある舌形動物、有爪動物、緩歩動物との類縁関係を含め、この3つの動物門がヘッケル派の系統樹では前口動物の上の方に置かれるという考えあった。しかし、分岐分類学による検討や分子遺伝学による情報から、舌形動物はウオジラミに近縁の節足動物だと解明され、緩歩動物も他の動物門より節足動物に近縁とも思われ、側節足動物は多系統となり、否定された。
現在は、節足動物・有爪動物・緩歩動物の単系統性が定説となり、まとめて汎節足動物(Panarthropoda)になる。これらは更に鰓曳動物と線形動物などに加えて脱皮動物(Ecdysozoa)というグループになる。
アノマロカリスとオパビニアをはじめとして、カンブリア紀の化石からは、節足動物であるとも思われるものの、現在の分類では所属場所が見あたらない、最初期の節足動物の系統発生を示唆するものがある。その中でも、アノマロカリス類と節足動物の類縁関係が注目されている(アノマロカリス類#分類及び恐蟹綱#系統関係を参照)。同時期の節足動物の化石記録のうち、三葉虫類は最も早期で、おそよ5億2,100万年前に出現するが、5億3,700万年前にも遡る節足動物の生痕化石(Rusophycusなど)が見つかっており、更なる早期な起源を示唆する[1]。
現生の節足動物は、鋏角亜門(クモ綱、カブトガニなど)・多足亜門(ムカデ、ヤスデなど)・甲殻亜門(甲殻類)・六脚亜門(昆虫など)という4つの亜門に分類されている。化石種まで範囲を広げれば、三葉虫(三葉虫形亜門)という過去の大グループや幾つの分類が明らかになっていない種も存在した。
特に注目されるのは、前端体節の融合による頭部(鋏角類の場合は前体)の付属肢である、その構造は亜門によって以下のパターンがある。
系統について、かつては形態に従って多足類と六脚類は近縁とされてきた。しかし、分子遺伝学的情報は多足類と六脚類の直接の関連を支持せず、むしろ六脚類は側系統である甲殻類から分岐したという結果が出ている。また、節足動物全体の中ではウミグモ類の位置が問題となっている。鋏角類に含めるのが従来の判断であるが、これをそれ以外の節足動物全部と対置すべきとの説もある。また、三葉虫類をはじめてとして、幾つの絶滅した分類群と現存分類群の類縁関係については、未だに定説がない。アノマロカリス類やオパビニアなど恐蟹綱(Dinocaridida)のものは、節足動物全般の初期脇道系統(ステムグループ節足動物)として考えられる。
†Megacheira綱(側系統群?)
†三葉虫形亜門
ヒゲエビ亜綱
分子系統学、分岐分類学以前には、形態に基づく以下の分類が使用されていた。流通している書籍と文献にもこの分類にしたがっているものも多い。よって参考・比較のため、また生物学史上の意義もあり、以下に併記する。
ウィキメディア・コモンズには、節足動物に関連するメディアがあります。