ウミグモ綱(ウミグモこう)は、節足動物門鋏角亜門に属する分類群である。ウミグモ(海蜘蛛)と総称される。
現生群はウミグモ目(皆脚類)のみなので、皆脚綱とも言う。海産で極めて足が細長く、胴体が小さい。名前に反してクモとは別系統の節足動物である。
体は頭部、胸部、腹部の3つに別れるが、大部分が頭部と胸部である。 小さな胴体に対して足は極端に発達し、足を束にしただけのような印象を受ける。
頭部には、長い吻があって、前に突き出るか下を向く、先端には三角形の口が開口する。頭部そのものは、頭らしい形とは言いがたく、胸部の体節の1つに見える。基部の背側には2対の単眼がある。頭部の付属肢は3対、吻の基部背側にははさみ状の鋏肢(きょうし、chelifores)があり、欠如した種類もある。これは他の鋏角類に存在する鋏角(きょうかく、chelicerae)に当たるものと考えられる。その後ろには1対の「触肢」(しょくし)があるが、クモ綱の触肢と相同器官であるかどうかは判断が分かれている。さらにその後ろには、「担卵肢」(たんらんし、ovigers)と呼ばれる細長い足がある。これを胸部の方に折り曲げ、雄はここに卵塊をつけて保護する。これはクモ綱の第1歩脚に相同すると思われる。
胸部に当たる部分は幅が狭く、足の太さと変わらない。各体節から1対ずつ横からやや延長し、歩脚に接続する。歩脚は通常は4対で、稀に5対や6対の種類[1]もある。とても細長く、先に爪がある。消化管は枝分かれして足に入り込んでいる。生殖器と生殖孔も脚の基部に付く。
腹部に当たる部分は、ごく小さく、粒のような1節があって、肛門がある。化石種では、腹部に体節があるものも発見されている。
8本脚の特徴から他の鋏角類(真鋏角類)に連想するが、前述の通り担卵肢の存在によってこれらの歩脚は他の鋏角類(真鋏角類)から1節ずれていて順番は相同ではない。
ウミグモ綱と真鋏角類の体節の対応関係 分類/体節 1 2 3 4 5 6 7 真鋏角類 鋏角 触肢 第1歩脚 第2歩脚 第3歩脚 第4歩脚 唇様肢また、従来の頭部とされた部分(第1‐3体節)はいずれも胸部第1節(第4体節)と癒合する。真節足動物の頭部は最低限4節から融合するという説に従い、形態学上での比較のため、これらの4節をまとめて「頭部」(cephalon または cephalosoma)として扱うのが主流である[2]。
おそよ1300種が知られ、展足は微小な1mmから大型の70㎝まで及ばす[3]。大型種は主に深海や極地に生息し、展足30cmの深海性のベニオオウミグモがその一例である。
運動は緩慢で、多くの場合、海底の岩や海藻にしがみついて、ゆっくりと動く。脚を動かして水中に泳ぐこともある。軟体動物や刺胞動物に寄生するもの、自由生活のものなどがある。軟体動物や刺胞動物の体に口吻をさし込んで体液を吸収することが知られているが、他のものについては食性が明らかになっていない。
ウミグモの多くの臓器は脚の中へ差し込み、生理活動も主に脚を通じて行う。鰓など呼吸用の独立した器官はなく、脚の体表から直接的にガス交換を行う(皮膚呼吸)。小さな胸部にある心臓は長い脚に対して血液循環は力不足であり、脚の消化管の伸縮により体内の血リンパを流動する[4]。
繫殖は体外受精を通じて行う。雌が卵を産み、雄が担卵肢で卵嚢を把握し、世話にする。発生においては、甲殻類のノープリウス幼生に似ていて、幼生の体は頭部しかなく、鋏肢と2対の幼生付属肢(後来の触肢と担卵肢)のみを持って生まれる。成長に伴い歩脚を持つ体節を増やしていく[5]。
1つの現生目ウミグモ目 Pantopoda と、2つの化石目を認める。
原生群に近いムカシウミグモ目 Palaeopantopoda は、4億2500万年前のシルル紀に生きていた、既知の最古のウミグモ Haliestes dasos などを含む。より原始的なウミユリヤドリグモ目 Palaeoisopoda は、デヴォン紀初期の Palaeoisopus などを含む。また、未分類であるものの、Cambropycnogon などはさらに原始的と見られている。
現生種は約500種が知られ、6-10科に分けられる。一例は次のとおり。
ウミユリヤドリグモPalaeoisopusの化石
Nymphon signatum(ユメムシ科)
Colossendeis colossea(オオウミグモ科)
ヤマトドックリウミグモ Ascorhynchus japonicus(スイクチウミグモ科)
Pseudopallene ambigua(カニノテウミグモ科)
Pycnogonum litorale(ヨロイウミグモ科)
ウミグモ綱(ウミグモ綱+他の真節足動物仮説[6])
ウミグモ綱(ウミグモ綱+真鋏角類仮説[7])
従来は形態学に従い、ウミグモ類は鋏角類として分類された。しかし分子系統学の知見により、ウミグモ綱自体の単系統性は強く支持されるのに対して、他の鋏角類との関係ははっきりせず、分岐学上の位置が不安定な分類群である。
他の鋏角類全体が単系統真鋏角類で、ウミグモ類と姉妹群をなすとする説が主流である。分子系統ではさまざまな結果が出ており、前述の通り真鋏角類の姉妹群[7]にする他、クモ綱に近い、或いは鋏角類に所属せず、残り全ての節足動物の姉妹群とする、などの説もある[6]。
また、ウミグモの鋏肢は、神経解剖学的には前大脳に対応するため、真鋏角類の鋏角(中大脳に対応)とは相同器官ではなく、むしろアノマロカリス類の触手(同じく前大脳に対応)に相同するという知見があった[9]。しかし、ホメオティック遺伝子に注目する解析により、その鋏肢が対応する神経節は元々中大脳のものだと解明された。従って前者の知見が否定され、従来の説に戻り、ウミグモの鋏肢と真鋏角類の鋏角は相同器官である[10]。