蛙(かえる、英: Frog)とは、脊椎動物亜門・両生綱・無尾目(カエル目)に分類される動物の総称。古称としてかわず(旧かな表記では「かはづ」)などがある。
成体の頭は三角形で、目は上に飛び出している。胴体は丸っこく、尾はない。
後肢が特に発達しており、後肢でジャンプすることで、敵から逃げたり、エサを捕まえたりする。後肢の指の間に水掻きが発達するものが多く、これを使ってよく泳ぐ。ほとんどの種で肋骨がない。
前肢は人間の腕に似た形状をしているが、ジャンプからの着地の際に身体への衝撃を和らげるのが主な役目である。餌となる小動物に飛びついて両肢で押さえつけたり、冬眠などのために土砂を掘ったり、汚れ落としのために片肢で顔を拭いたりする動作も可能である。アオガエル科やアマガエル科などの樹上生活をする種の多くでは指先に吸盤が発達し、その補助で細い枝などに掴まることはできるが、人間や猿のように物を片肢ないし両肢で掴み取ることはできない。
幼生は四肢がなく、ひれのついた尾をもつ。成体とは違う姿をしていて、俗に「オタマジャクシ(お玉杓子)」と呼ばれる(食器のお玉杓子に似た形状から)。オタマジャクシはえら呼吸を行い、尾を使って泳ぐため、淡水中でないと生きることができない。オタマジャクシは変態することで、尾をもたず肺呼吸する、四肢をもった幼体(仔ガエル)となる。
なお、ごくわずかであるが、オタマジャクシの段階を経ず、そのままカエルの姿に成長する種類もいる[2]。
水辺で生活し、陸と水中の両方で生活する種類が多いが、ほとんど陸上だけを生活の主体にしているもの、樹上にまで進出しているものもある。完全に水中生活のものはそう多くない。
ほとんどが肉食性で、昆虫などを食べる。小型哺乳類まで食べる大型の種もある。陸上で採食するものは、舌を伸ばし、昆虫をそこにくっつけて口に引っ張り込む。口は非常に大きい。異物などを飲み込んだ時は胃袋を吐き出しそれを洗う行動をする。
呼吸の大部分を皮膚呼吸に頼っていて、皮膚がある程度湿っていないと生きていけない。わずかに肺呼吸も行っている。その際は口を膨らませ、それによって得た空気を肺に送り込んでいる。つまり、空気を「飲み込む」ような格好になる。これは気嚢や横隔膜といった呼吸機構を獲得しておらず、それら補助器官による自発呼吸ができないためである。ただし、Barbourula kalimantanensisは肺を持たず、皮膚呼吸のみで生きている。また、海水に入ると浸透圧により体から水分が出て死んでしまう。ただし、例外的に水から離れて生活したり、汽水域に棲む種類も知られる。
変温動物なので極端に暑い、寒い環境の際は土中などで休眠する。普通日本のカエルは成体で冬眠するが、ウシガエルやツチガエルなどは幼生が冬を越すこともある。また、アカガエル類やヒキガエル類は、他のカエルが冬眠している1月から3月頃に繁殖行動を行う。
産卵期には、様々な行動が見られる。最も一般的なものでは、雄は鳴き声で雌を呼び、雌が近づくと後ろから胸部を前足で抱きかかえるようにして産卵を促し、産卵と同時に放精して受精させる。集団で繁殖するものでは、俗に「かわず合戦」といい、産卵場所でオスがメスを奪い合って互いを押しのけたりする光景が見られる。卵は、水の中に産むものが普通であるが、水辺近くの植物の葉の上などに産むもの、泡巣を作るものなどもあり、背中や口の中などで卵や幼生を保護する習性を持つものも知られている。
また、ごくわずかであるが、体内受精をしてメスの体内で卵を育て、子ガエルやオタマジャクシを産む種類も存在する[2]。
蛙は良く鳴くことで有名である。特に配偶行動に関わって大きな鳴き声を上げるものが多くあり、世界各地で古くから注目された。
日本では水田が多い地方などでは、夜にたくさんの蛙が一斉に鳴き出し、「蛙の大合唱」といって夏から秋の風物詩となっている。夜、家の外から静かに響いてくる蛙の鳴き声の美しさは、多くの俳句や歌に詠まれている。
鳴嚢を膨らませることによって鳴き、鳴嚢はのどの前にある種類と、両側の頬にある種類とがある。
約6500種が知られており、そのほとんどが水辺で暮らしている。水のそばで生活しないものはわずかしか知られていない。
種数はamphibiawebによる[3]。
アマガエル上科
アカガエル上科
この系統樹はFrost et al. (2006)・Heinicke M. P. et al. (2009)・Alexander & Wiens (2011)に基づく。
国内には以下の6科43種(亜種を含む)が分布する。およそ半分が日本の固有種であり、本州・四国・九州・北海道及び周辺地域と南西諸島一帯で大きく相が異なっている。
大型の種類は、世界各地で食用にされる。日本で「食用蛙」といえば、普通ウシガエルのことを指す。肉は鶏肉のささみに似ており、淡白で美味である。中国をはじめ、欧州など世界的には、カエルを食べることは特別なことではない。ただし、欧州の蛙食の歴史に於いて先駆的であったフランス人は、後続の国々から「カエル喰い」と揶揄を込めて呼ばれていた。現在でも英語で frog eater (フロッグ・イーター)やJohnny Crapaud(ジョニー・クラポー。クラポーは仏語でカエル)はフランス人に対する蔑称であり、 frog だけでフランス人を指すこともある。現代フランス料理の祖といわれるオーギュスト・エスコフィエは、若き日の英国王エドワード7世に自慢のカエル料理を提供し賞賛を得たが、材料を問われて言葉につまり、「頭が三角になる思い」をしたという。後年、エスコフィエはロンドンの「カールトン・ホテル」で評判となった冷製料理「妖精・オーロラ風」がカエル料理だったことを明かし、イギリス食通のあいだに騒動を巻き起こした[4]。食べ方としてはソテーやパン粉焼きなどがある。もっぱら腿が用いられる。
中国においてもっとも一般的な食用蛙はアカガエルの一種で、中国語では「田鶏(ティエンジー)」と呼ばれる。冬に食べることが多かったが、現在は養殖されており年中食べることができる。またエジプトなどから大型のウシガエルも移入されて養殖されている。安徽省や福建省などでは渓流に住む「石鶏 (シージー、Rana spinosa)」も美味と珍重されている。食べ方としては手足の部分の唐揚げが最も一般的。上下を真っ二つに切って、内臓を取り出し、スープにする場合もある。また、華南では粥の具としても利用される。
なお、人へも寄生する広東住血線虫などが寄生している場合もあるので、生食や野生の捕獲喫食は危険である。
モデル生物としてカエルが利用されることも多い。発生生物学や生理学の部門での利用が有名である。特にアフリカツメガエルはよく実験目的で飼育される。脳を切除して脊髄反射を見る実験は「脊髄ガエル」という名がつけられている。 日本の理科教育においては次第に軽視される傾向だが、解剖の実習では蛙が定番である。
日本におけるカエルは、棲息に好適な水辺や水田が多かったことから、常に人にとって身近な存在となっている。古来より冬眠から覚めて活発に行動する春から夏にかけての景物とされ、『万葉集』以来、特に鳴き声を愛でて詩歌に詠む。 例えば山上憶良が「あまぐものむかぶすきはみ たにぐくのさわたるきはみ」(万葉集巻第五)と詠んだように、上代では谷間で聞かれる鳴き声から、ヒキガエルを「たにぐく(多爾具久・谷蟇)」と呼んだ[5]。 和歌での「かはづ」は、主に鳴き声が美しいことで知られるカジカガエルのことを指すが、この語は平安初期ごろから、混同されてカエル一般を指すようになった。俳諧においては、カエル一般を指すと思われる用例が増える。芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」、一茶の「やせ蛙まけるな一茶これにあり」等の句は特に有名。「蛙」は春の季語で、これは初蛙のイメージから。「雨蛙(あまがへる)」「蟇/蟾蜍(ひきがへる)、蟾(ひき)、蝦蟇(がま)」「河鹿(かじか=カジカガエル)」は夏の季語である[注釈 1]。
鳥獣戯画(平安時代末期)にも、サルやウサギとともに、人間に擬せられたカエルの姿が、生き生きと描かれている。また、草双紙(江戸時代)では妖術使いの児雷也が大蝦蟇(おおがま=空想上の化け物)に乗って登場する等、様々な表現のモチーフとなっている。昭和40年代にはカエルを主人公とした漫画およびアニメーション『ど根性ガエル』や、着ぐるみ劇『ケロヨン』が人気を博した。
また、サンリオは『けろけろけろっぴ』という子供カエルのキャラクターを創造した。宮沢賢治は寓話『蛙のゴム靴』で、西洋から渡来のゴム長靴を晴れた日にも履き、得意になっている文明開化の明治紳士を風刺する中篇を書いている。21世紀にあっても、百田尚樹の風刺小説『カエルの楽園』のモチーフに使用されている。
貝原益軒の『大和本草』によれば、カエルの名は他の土地に移しても必ず元の所に帰るという性質に由来すると記述されている。
日本では、「お金が返る(カエル)」として、カエルのマスコットを財布の中に入れておく習慣がある。似たような扱いで、新しいものでは、1985年にNTTが出した「カエルコール」がある。帰るときに家に連絡を入れよう、というものだが、「今から、カエル」というテレビのコマーシャルが人気を呼んだ。
中国では道教の青蛙神信仰の影響から後ろ脚が一つのガマガエルが縁起物として飾られている場合がある。
南米のいくつかの地域では、カエルは幸運(特に金運)を招くものと考えられている。このため、カエルをペットのように飼ったり、カエルの置物を家に飾ったりすることがある。また、口を開けたカエルの置物に向かってコインを投げ、うまく口の中に入れることを競う遊びも行なわれている。
西洋においてもカエルはよく親しまれている。ギリシャ古喜劇の『蛙』では、カエルが船をこぐディオニューソスを半ば冷やかしながら歌い続けるシーンからそのタイトルをとっている。 日本語ではカエルという語はカエル目全般を指す総称だが、ヨーロッパ言語では愛すべき生き物としてのカエル(frog,frosh,grenouileなど)と、醜い生き物であるヒキガエル(toad,kröte,crapaudなど)やガマガエル(unke)を区別しており、後者はしばしば人に対する蔑称として使用される[5]。中世キリスト教ではカエルは死や吝嗇など不浄のシンボルとされたが、死後の世界では魂が水底と地上を循環するという民間伝承を持つドイツでは、水との親和性や冬眠することなどからカエルは人の魂のメタファーとされた。
ノーベル賞の授賞式では参加した学生と受賞者がカエルのようにジャンプする「蛙跳び」の儀式があり、これは受賞者のさらなる飛躍を願ってのことである由。受賞者の参加は自由意思によるが、参加した受賞者には「カエル勲章」が授けられる。またアメリカ合衆国では地域によってウシガエルの三段跳び競争が行われている。東洋においても、農業が盛んな一部の地域では信仰の対象として事実上の保護動物として扱う国々があり、一方でベトナムや東南アジアでは主に唐揚げとして酒の肴とする食用カエルが養育されている。その他熱帯雨林気候の地域では多種が生息する身近な動物である為、その国ごとのことわざにも登場する例が多い。
この他にも、世界の森林保全を目的に活動する国際NGO団体「レインフォレスト・アライアンス(RA)」が定めた、独自の基準を認証した農園で栽培された作物を使用した商品に対して付けられるマークにカエルを採用している。これはカエルが自然環境に敏感であり、環境が悪化すると他の動物よりも先に消えてしまうと言われているからである[7]。
カエルツボカビ症による両生類の絶滅が危惧されている。致死率は種類によっては90%にもなる。麻布大の宇根有美助教授(獣医病理学)は、「飼っている両生類に異変があれば、すぐに獣医師などに相談してほしい。水の管理が最も重要で、水槽の水を消毒せずに排水溝や野外に流さないでほしい」と訴えている[8]。日本産の両生類についても、その蔓延が危惧されたこともあり、実際に多くの地域で存在が確認されている。ただし、それによる被害の報告はない。むしろ、元々日本にも生息していたものらしいと考えられるに至っている。
自然界の食物連鎖の中でカエルは下位の昆虫類や節足動物類の捕食者としての位置づけだけでなく、上位の多くの生物に対する餌としてもカエルの占める位置は非常に重要でヘビ、鳥類、小動物の餌となり[注釈 2]、陸上における食物連鎖を支えている。特に日本に於いては、耕作農地面積の多くの部分が水田であり稲作の害虫となるウンカを始めとする昆虫類、様々な伝染病を媒介する蚊を含めた生物を大量に捕食し上位生物の餌となっている。水田の圃場整備をする際は、カエルの生息環境に考慮した工法が望まれる[9]。