ベニテングタケ(紅天狗茸、学名: Amanita muscaria)は、ハラタケ目テングタケ科テングタケ属のキノコ。猛毒ではない毒性、さほど面白くない向精神作用のある担子菌類である。特に寒冷地に適する。ヨーロッパ、ロシア、アジア、北アメリカなどの各地で広くみられる。英語ではフライ・アガリック(ハエキノコ)と呼ばれる[1][2]。岩手におけるアシタカベニタケ[3]。寒冷のヨーロッパでは身近であり幸福を呼ぶキノコとして人気のモチーフである[4]。ベニテングダケは俗称。
深紅色の傘にはつぼが崩れてできた白色のイボがある。完全に成長したベニテングタケの傘はたいてい直径8-20センチ・メートルであるが、さらに巨大なものも発見されている。激しい雨でイボがとれると、タマゴタケに見えるので注意[5]。柄は白色で高さ5 - 20センチ・メートル、ささくれがあり、つばが付いている。根元は球根状にふくらんでいる。
ベニテングタケは主に高原のシラカバやマツ林に生育し、針葉樹と広葉樹の双方に外菌根を形成する菌根菌である。おもに北半球の温暖地域から寒冷地域でみられる。比較的暖かい気候のヒンドゥークシュ山脈や、地中海、中央アメリカにも生息する。
近年の研究では、シベリア、ベーリング地域を起源とし、そこからアジア、ヨーロッパ、北アメリカへ広がったと考えられている[6]。オーストラリアや南アフリカなどの南半球へも広く繁殖し、世界各地でみることのできるキノコとなった。
日本では夏から秋にかけて、白樺、ダケカンバ、コメツガ、トウヒなどに発生し、分布の中心は北国や標高の高い地域であり、南日本ではほとんど見かけない[5]。
人工的な栽培はできない[2]。
食用のタマゴタケ Amanita hemibapha
本種の毒成分であるイボテン酸は強い旨味成分でもあり[注釈 1]、少量摂取では重篤な中毒症状に至らないことから、長野県の一部地域では塩漬けにして摂食されている場合がある[7]。長野・小諸地方では、乾燥して蓄え、煮物やうどんのだしとしても利用した[4]。煮こぼし塩漬けで2、3ヵ月保存すれば毒が緩和されるので食べ物の少ない冬に備えた[8]。傘より柄の方が毒が少なく、よく煮こぼして水に晒して大根おろしを添えれば、味も歯切れもよい[8]。
本種を乾燥させると、イボテン酸がより安定した成分であるムッシモールに変化する。また、微量ながらドクツルタケのような猛毒テングタケ類の主な毒成分であるアマトキシン類も含むため、長期間食べ続けると肝臓などが冒されるという。
毒性はさほど強くない(しかし近縁種には猛毒キノコがある)[9]。ベニテングタケの主な毒成分はイボテン酸、ムッシモール、ムスカリンなど。食べてから20-30分で瞳孔は開いて眩しくなり、弱い酒酔い状態にはなるが、それ以上の向精神作用、虹を見るような幻覚を起こしたといった例はない。食べすぎると腹痛、嘔吐、下痢を起こす[10]。どちらかというと、うま味成分でもあるイボテン酸の味に魅せられ、他のキノコはいらないといったキノコ採りも増えている[11]。少しかじるくらいならのぼせて腹痛がするくらいであり、焼いただけの400グラムほどの大型を1本も食べると、眩しくて自転車も運転できないようになり、何度も吐き、下痢を催す[12]。より重い中毒では、混乱、幻覚といったせん妄症状や昏睡がおき、症状は2日以上続く場合もあるが、たいていは12 - 24時間でおさまる。
ベニテングタケ中毒による死亡例は非常にまれで、北米では2件報告されているのみである[13]。ヨーロッパのベニテングの致死量は生の状態で5キログラムと推定され、とても食べられる量ではない[2]。とはいえ、8月に収穫したものは効力が強く、9月に収穫したものは吐き気のような体への影響が強いなどとも記され、環境や個体差の影響も大きい[2]。
本種は、マジックマッシュルームとは異なり、遊びや気晴らしに摂取されることは少ない。現在のところ、国際連合の条約で未規制のため、ほとんどの国でその所持や使用は規制されていない。
規制されていないことから興味を持つ者も多くその体験談は様々に寄せられている[2]。30分か1時間すると独特の吐き気やムカつきと眠気を感じ、もう少し経った後に酊うとされる[2]。後述するキノコの研究者のワッソンは、1965年、66年とベニテングダケを日本で試したが失望しており、吐き気を感じ何人かは吐き、眠くなり、眠り、そして一度だけうまくいったときには、今関六也が高揚しアルコールによる多弁ともまた違った風に喋り続けたということであり[14]。テレンス・マッケナによれば、コロラド州で採取した生のベニテングダケではよだれが垂れ腹痛になっただけであり、カルフォルニア州北部で採取した乾燥したベニテングダケ5グラムを摂取したが、吐き気を感じ、よだれが垂れ、目がかすみ、目を閉じると見えるものがあったが、たいして面白いものでもなかった[14]。
殺ハエ作用を持つことから洋の東西を問わずハエ取りに用いられてきた[15] フランスではハエ殺し (une amanite tue-mouche) と呼ばれ、キノコ片を用いたし、日本でも東北や長野[3]でアカハエトリとも呼ばれ信州では米とこねて板に張り付けてハエを捕獲した[1]。
江戸時代の1830年に刊行され、1844年に最終の96巻が刊行された『本草図譜』58巻に「こうたけ」と記され絵が描かれ、食べると嘔吐すると書かれている[16][17]。
本種には複数の生理活性物質がある。1869年に発見されたムスカリンが、中毒症状をおこす原因であると長い間信じられていたが、他の毒きのこと比較すると、ベニテングタケに含まれるムスカリンはごくわずかである。主要な中毒物質は、ムッシモールとイボテン酸となる。20世紀半ば、日本、イギリス、スイスで同時に発見されたこのふたつの物質が、中毒症状をおこす成分だと判明した。ムッシモールは抑制系神経伝達物質GABAのアゴニスト、イボテン酸は、神経の働きを司るNMDA型グルタミン酸受容体のアゴニスト活性がある。
本種を摂食した際の中毒症状として幻覚作用を起こすことが知られている。東シベリアのカムチャッカでは酩酊薬として使用されてきた歴史があったり、西シベリアではシャーマンが変性意識状態になるための手段として使われてきたように、ベニテングタケはシベリアの文化や宗教において重要な役割を果たしてきた。
また、趣味で菌類の研究をしていたアメリカの銀行家、ゴードン・ワッソンは古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』に登場する聖なる飲料「ソーマ」の正体が、ベニテングタケではないかという説を発表した[18]。著書『聖なるキノコ―ソーマ』である[14]。人類学者は反論を唱えた[注釈 2]が、1968年に著書が出版された当時は、広く信じられた。ワッソン自身もベニテングの効果に失望していたが、なぜか最後の著書『ペルセポネの探求』(未訳)でもベニテングダケを褒めたたえた[14]。
13世紀のキリスト教で宗教的なシンボルとなっており、フランスのプランクロール大修道院の礼拝堂には知恵の木になっているベニテングダケが描かれている[1]。
ヨーロッパでは、幸福を呼ぶキノコとして人気があり、装飾品や玩具のモチーフによく使われている[4]。白い水玉の赤キノコの配色は、絵本やアニメ映画、ビデオゲームなどにしばしば登場することで、なじみのあるものとなっている。
特に有名なものに、テレビゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』や[21]、1940年のディズニー映画『ファンタジア』がある[22]。
ルネッサンス期から、絵画の中でもしばしば描かれている。また、幸運のシンボルとして、1900年ごろからクリスマスカードのイラストにしばしば採用された。オリヴァー・ゴールドスミスの『世界市民』には、幻覚剤としての使用に言及した箇所がある。ベニテングタケを食べた際、物体の大きさに対する知覚が変化したという記録を残したモルデカイ・キュービット・クックの書物は、1865年の『不思議の国のアリス』のモデルになったと考えられている[23]。